空き家のお仕事

2025.06.23

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髙田暮舎スタッフの木津谷です。
今日は、久しぶりに空き家のお仕事のことを書いてみようかな。

私は、お家のお悩みを解決する総合窓口事業の担当として働いています。住む人のいなくなってしまった家が、賃貸・売買・解体といった出口に辿り着く手前に散らばっているいろいろ、例えば、相続登記、家財整理、ものの処分・買取、管理代行、修理、庭の草刈り、害獣・防犯対策などなど…悩み相談の一次窓口が主な業務です。
見積もりから業者のアポ取り、請求まで全部やります。自分の体を動かして出来る内容なら、実際に自分で現場に入ります。蜘蛛の巣や埃まみれになっても、なんでもやります。

 

昨日は、空き家の管理が主な仕事でした。月一回の管理の仕事。やることは、主に換気。
私の武器は、モップ、箒、掃除機の3つ。
部屋の窓を全て開けて、換気している間に、3つの武器を使って簡易清掃をします。パタパタと掃除をしながら、異臭がしていないか、シミが増えていないか、水道はちゃんと流れるか、壁が剥がれていないかを確認する作業です。

月に一回の換気があるかないかで、家の状態は全く変わってきます。家に全く人が入らない状態が続くと、家は一瞬で劣化します。庭の草が生えすぎて天井に蔦が張った家や、床が全て抜けて鹿の住処になっている家も見たことがあります。
歩くたびに何度も顔面に蜘蛛の巣を受け、んぎゃーっという悲鳴を上げながら毎月掃除をしたお家もあります。毎月作業を繰り返すことで、今では蜘蛛の巣がほとんど無いのだから、たったこれだけの作業がどれだけ大事か…。

 

漁港の見える家、
りんご畑の隣の家、
山の中の、川沿いの大きな家。

一つ一つの家の窓を開け、掃除をする。家の中に心地よい風が流れる。
と同時に、今の今まで、1ヶ月間、この家に風が一度も流れていなかったことを考える。

管理する家は、ものが残っている家もあれば、残っていない家もある。
この家に住んでいたであろう、父親と母親の写真、
孫の成人式の写真、
最期寝ていたであろうベッド。

家財整理が完了して、ものが残っていない家でも、誰かの記憶が刻まれている。
畳のシミ、
家具の日焼けあと、

フローリングや壁には、ときどき、子供が貼ったであろうシールが残っている場所があったり。

基本的に所有者が管理作業を依頼する理由は、彼らが県外に住んでいるからです。

だから、私は、家の所有者の顔をほとんど知りません。知っている情報は、その人の性別、住んでいる場所と、LINEのアイコンだけ。管理する家に出入りしているのは、基本的に私のみ。今では、所有者よりも私の方が彼らの家について知っているかもしれません。

この家に全く関係のない私が、毎月出入りして作業をしている。よくよく考えると、不思議な関係性だなと思う瞬間があります。管理をするたび、将来空き家になることなんて、考えないよなぁ、と、家が建てられた時のこと、ここで生活していた知らない人の記憶に思いを馳せてしまいます。


家は、それぞれの事情を抱えています。
親族の間で、関係が拗れていることも多々あります。「早く手放したい」という声が1番多いです。
住む人のいない家を維持するのは、莫大なお金と労力が必要なのです。
使われなければ、汚れ、壊れ、朽ちていく。
誰かが住む、それだけで、家は生き続けることができるのですが、それが難しい。

 

空き家の仕事は、おしゃれに不動産を利活用する仕事というよりは、終末期の人たちに向き合う仕事という色が強いなと感じます。
「家を使う人がいなくなる」ことの裏側には、必ず誰かの死があります。しかも、そのお家の歴史を丸ごと一気に抱えることになるのです。そんなの、辛いし大変に決まってる。
相談に来てくれる方が、悲しみを胸にしまって、ゆっくりと針を進めていけるよう、これからもお手伝いしていけたらなと思っています。

 

【プロフィール】
木津谷亜美(きつや あみ)
1999年生まれ/青森県西津軽出身/母国語は津軽弁/2022年夏季インターンを経て、2023年4月に移住。高田暮舎では、おうちの未来相談窓口を担当/古着が好きで、空き家から出てきた服を着ることにハマっています。

執筆者プロフィール

柴崎 航

1995/5/26 東京都江戸川区出身 移住コンシェルジュ アウトドア・インドアどっちも好きで困ってます。これから陸前高田を知って皆さんに伝えていきます。