コンテンツ
陸前高田市が注力している、修学旅行生などを対象とした「民泊」事業。
東京都で観光事業に取り組む「株式会社And Nature」、陸前高田市で企業研修や教育旅行の受け入れを行っている「一般社団法人マルゴト陸前高田」、「移住者に聞く」コーナーで度々登場する「NPO法人SET(以下、SET)」の3団体と、陸前高田市が提携して、取り組まれています。
今回、お話をお聞きしたのは渡邉拓也さん。SETのスタッフとして民泊事業に取り組んでいます。民泊事業の中でもSETは、活動の拠点としている陸前高田市広田町を担当。渡邉さんは広田町内の受け入れ家庭と連携しながら、修学旅行生などの受け入れを行っています。
インタビューでは、渡邉さんが陸前高田市に移住するまでの経緯や、民泊事業を通して考えている「広田町」への想いをお聞きしました。
渡邉さんがSETの活動に携わり始めたのは、大学2年生の頃。当時渡邉さんは学校に通いながら、飲み会やカラオケ、スノーボードなど友達と遊ぶ時間を多く持っていました。一見充実しているように見える大学生活に「物足りなさ」を抱いたことが、SETの活動に参加したきっかけでした。
「友達と遊んでいるとき、その時々では楽しく感じているんですが、どこか心が満たされていないような感覚を抱えていました。日々遊びながら過ごしていて『自分は何のために大学に行っているんだっけ?』と少し迷っている時期に、アルバイト先の先輩から『SETが主催する事業に参加しないか』とお声がけをいただきました。参加してみたら、一生懸命何かを頑張る感覚や、仲間と一緒に何かを形にするのがすごく心地よくて。それからは参加者としてではなく、スタッフとして、長期的にSETに関わるようになりました」
当時、渡邉さんがSETのスタッフとして担当していたのは「Change Maker Study Program」の運営。大学生が広田町に1週間滞在して、まちの課題解決に取り組む事業です。渡邉さんは運営スタッフとして陸前高田市に通いながら、陸前高田市で暮らす先輩移住者の暮らしぶりにあこがれて、自身も移住することを意識するようになりました。
「大人になることや会社で働くことって、辛くて大変だから、面白くないんだろうなっていう先入観があったんです。でも、陸前高田市に移住している人たちはそうは見えなくて。仕事もプライベートも、自分が豊かに楽しく生きるために行っている感じが伝わってきました。その暮らしがとてもいいなって思いましたね」
特に渡邉さんが憧れに感じていたのは、SETの代表である三井俊介さんら、SETの先輩スタッフの暮らしや働き方。自身も学生スタッフとして働きながら、SETが「働く人の人生を大切にしている団体」だということも感じていたといいます。
さらに「移住を考えた理由はもうひとつあって」と渡邉さんは続けます。
「広田町は僕が通い始めた頃、人口は3500人ほどでした。でもそこから毎年約100人ほど人口が減っているんですよね。単純計算するとあと30年もするとまちに住む人はいなくなってしまうんです。まちがなくなってしまう未来に向かっているこの状況を、どうにか変えることができないかと考えました。なんとか広田町を残して、次の世代に繋いでいきたいという想いも理由のひとつです」
SETの活動を通して、移住者のみでなく、地元の方々との交流も深めていた渡邉さん。
まちの人たちと交流する度に、まちを大切にしている気持ちが伝わって、「自分の好きな人達が大切にしているまちをどうにかしたい」という気持ちを強く抱いていました。
憧れのライフスタイルを実現するために。また自分の好きな人達が大切にしているまちを次の世代へ残すために役立ちたい。そう考えた、渡邉さんは大学を卒業後、2017年3月に陸前高田市広田町に移住。4月にSETの広田民泊事業部に就職しました。
「入った当初自分は、好きなものをシェアして、多くの人に共感してもらうことを楽しいなと感じていた時期でした。なので、自分の好きな広田町のことをたくさんの人に知っていただきながら、この良さを共感してもらえるような仕事ができたらいいなと考えました」
渡邉さんが民泊事業担当として行っているのは、広田町内の新規受け入れ家庭への勧誘や既存の受け入れ家庭へのフォローなど。「お茶っこして回ることが仕事です」と話すように、広田町内の家庭を周って日々を過ごしています。
「民泊はまちに様々な効果をもたらします。ひとつは、まちの中で『新しいことに挑戦しようとする土台ができること』です。民泊は、受け入れ家庭からするとそれまで会ったことのない学生を受け入れる必要があるので、とてもチャレンジングなことなんですね。でもある意味、車と家さえあればできることでもあるので、ハードルはそんなに高くありません。小さいチャレンジを繰り返すことで、一歩踏み出して挑戦することへの前向きな空気がまちの中に作られていきます。そうすることで、少しずつ他の分野でも挑戦的な気持ちを持って、まちが少しずつ良くなっていくと思っています」
現在広田町で民泊の受け入れ家庭として登録されているのは約60世帯。「受け入れ家庭になってください、というお願いは最初は90%以上の確率で断られるんです」と渡邉さんは話すものの、広田町内の多くの家庭が登録しています。今では受け入れ家庭の方から積極的に民泊への意見が出るほど。少しずつまちの前向きな空気がつくられています。
「2つ目は、『地域の経済が循環すること』です。民泊の受け入れ家庭には1回の受け入れ毎に体験指導料をお支払いしています。その分、受け入れ家庭の方々も、県外から訪れる学生たちをもてなすために、地域の特産品を買って料理を作ったりしているんです。そうして外から入ってきたお金がまちの中で回っていくことが、まちが持続していく上で重要な要素だと思っています」
民泊事業によって、まちの前向きな空気や経済の循環を促して、渡邉さんが目指しているのは、陸前高田市に移住した理由でもある、「広田町を次の世代へつなぐこと」です。
「このまちが変化の激しいこれからの時代を生き抜くための力を育みたいなと思っています。ここに住む人それぞれがこのまちを担っていこうとする意識があると、きっとまちは残っていくと思うんです。チャレンジできる土台や、外の人を受け入れることに慣れていくことはきっと地域が残っていく上で大切なこと。そういう意味で、民泊はまちの次世代につないでいくために、とてもフィットしている事業なんです」
「はじめは学生と社会人のギャップの戸惑いを感じながら仕事をしていました」と話す渡邉さんは、現在、SETのスタッフとして働き始めて2年目。少しずつ仕事に慣れてきたことで、「仕事も暮らしも大切にしながら過ごすことができています」と楽しげに笑います。
「今を楽しく、今を全力で、自分にとっていい選択を積み重ねて、幸せな人生を送っていきたいなと思っています。長期的に計画を立てないということでもないんですけど、あまり先のことばかり考えすぎずに、その時々で楽しいことを選びながら過ごしていたいですね。その方がなんか面白いような気がしています」
考え込み過ぎず自らが大切にしたい想いを強く持ちながら。その想いに忠実に、渡邉さんはかつて憧れた「仕事もプライベートも、自分が豊かに楽しく生きるために行う」暮らし方を実践していきます。
(Text : 宮本拓海(COKAGESTUDIO))