小さくても、続いていくように。生活や文化のようになっていくものをつくりたい

2019.12.13

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広田半島に続く国道から、木漏れ日の差す山道へ。しばらく登っていくと、シンプルで洗練された雰囲気の建物が現れる。船の甲板のように広々としたテラスから見える広田湾は、陸前高田を象徴する風景のひとつです。

 

今回お話を聞いたのは、宿泊・滞在施設「箱根山テラス」のマネージャーを務める溝渕康三郎(みぞぶちこうざぶろう)さん。

箱根山テラス内のカフェで初めてお会いした時から「不思議な雰囲気をまとっている方だな」と思っていました。

カフェや宿泊の受付をしていたり、コーヒーを出したりする溝渕さんは、あまりお客さんに話しかける様子はないけれど、かといって冷たい感じもしない。箱根山テラスという場所に馴染んで、訪れる人たちとのちょうど良い距離感が保たれているような気がします。

「そうした”ちょうど良さ”を感じさせる溝渕さんのあり方はどこからくるのだろう」と気になって、インタビューをお願いすることにしました。

 

溝渕さんは、高知県出まれ。まずは、どのような経緯で陸前高田へ来ることになったのかを伺いました。

育った環境を無くしちゃったような感覚

溝渕さんの出身地は、高知県南国市。進学のため上京してからは、デザインに関する勉強や飲食店の立ち上げに携わる仕事をしていました。陸前高田へ来たのは2013年のこと。背景には、生まれ育った高知県への思いがあるといいます。

「商店街のあるまちに生まれて、父はスーパーを経営する会社で仕事をしていたり、私自身も祖母のお店の手伝いをしたりと、小さい時から”顔の見える商売”が近くにある環境で育ちました。

ただ、その商店街は私が大人になるにつれて廃れていってしまって。物心ついた頃にはすでに店舗が空き始めて、それがどんどん加速していって。今ではもうやっている店が何個あるんだろう、みたいな。育った環境を喪失したというか、無くしちゃったような感覚がありました」

帰省するたびに活気が失われていくまちの姿から、「何か地域が元気になるようなことをしたい」という思いを抱いたという溝渕さん。東京で働き始めてからも、その気持ちは変わらずにありました。

 

転機になったのは、2011年の東日本大震災。自然災害を目の当たりにして、自分自身の暮らしを見つめ直すことになったといいます。

「震災があって多くの建物が流されたりする中で、デザイナーや建築家といった作り手の存在意義が問われている時期でした。私もデザインの勉強をしていたので、自分が関心を持ってやっている勉強や仕事について考え直さないといけない感じがして。いずれ地元に帰って何かをするにしても、まだ明確にやりたいこともなかったので一度他の地域へ学びに行きたいと思った時に、東北で経営者の右腕として従事するプログラムを見つけました」

「東北に多様な人材やプロジェクトが集中する時期だからこそ、学べることがあるのではないか」と考えた溝渕さんは、NPO法人ETICがプロデュースする「右腕プログラム」に応募。株式会社長谷川建設の「木質バイオマス普及プロジェクト」に携わるため、2013年9月に陸前高田に移住しました。

 

自然の中で生かされている感覚がある

陸前高田に来て溝渕さんが最初に担当したのは、木質ペレットを利用したストーブの販売や設置に関わる仕事。「エネルギーの地産地消」を目指し、未利用の森林資源を活用したペレットストーブの普及に向けて活動していました。

「最初は全く知らなかったペレットストーブのことを勉強しながら、プロジェクトを進めていました。大変だなと感じたのは、ストーブの普及についてです。復興で住宅の再建が進んでいる中でしたし、それなりに売れるんじゃないかと思っていたのですが、自分が想像していたよりも売れゆきがよくなかったんです。数年やってみて気づかされたのは、そもそもその地域に文化やライフスタイルとしてないものに価値を感じてもらうことの難しさでした。ストーブを売ると言うよりエネルギーを届ける仕事であって、地道に続けていく必要があるし、地域にじわっと浸透していくような仕事じゃないかと思います。使う人にとってより自然体であることが、長く続いていくために重要であると感じました」

 

それから4年ほどして、溝渕さんは箱根山テラスの仕事も任されるように。

施設の建設時から、時々サポートに入ることもあった溝渕さん。お店を営んでいた家族の影響をうけ、自らも接客が好きだったことや、施設自体を魅力的に感じていたことから、箱根山テラスで働くことに違和感はなかったといいます。


ラウンジにあるペレットストーブも、溝渕さんが設置に携わったもの。

箱根山テラスのコンセプト「木と人をいかす」。山の中腹に施設があるため空が近く、木に囲まれた大きなデッキからは目の前に広田湾を臨むことができる。施設を訪れた人がまず景色を見に自然と外へ向かうことも多いそう。

マネージャーとして多くの時間を箱根山テラスで過ごしている溝渕さん。溝渕さんにとって、ここはどんな場所なのでしょう。

「『自然の中で生かされている』というか、そういうすごく重要な事に気付かされる場所だと思っています。ここにいると、五感が研ぎ澄まされていく感じがある。季節の移ろいが見えるし、食を通して感じることもできる。そういった感覚を持てているのは、東京にいた頃との大きな違いです」

箱根山テラスでは、提供する料理や施設のアメニティに出来るだけ地元で生産されているものを使用しています。溝渕さん自身も、実際に林業や農業の現場を訪れることを大切にしているそう。自分の手で触れたり、直接お話を聞いたりすることによって、「新しい発見があって、見える景色が変わっていくのが面白い」と話します。

「例えば林業だと、何十年も生きて自分の背丈をはるかに超える木を切ったり運んだりします。また、森自体を先祖代々受け継いでいたりもするので、切る方自身も先代から引き継いでいる感覚があったり、自分がいなくなった後の世界のことも自ずと考えるようになるんだと思います。私はどちらかと言うと商売のようなものに関わっているから、意識する時間軸が全然違う。自分の生活を支えている自然のスケールの大きさに出会えたからこそ、自分自身のスケール感を把握できたり、そこに意識が向くようになった気がします」

 

自らの物事の考え方についても、「自然体でありたい」ということを何度も口にしていた溝渕さん。

施設のスタッフとして何かを始めるときは、「無理が生じて打ち上げ花火のように終わるのではなく、細く長くでもいいから続くものを」。そういった意識が、自然やそれに携わる人たちとの関わり合いの中で生まれていったといいます。

「長く続いているものって、その人にとって自然なことであったり、土地にあっているものだったりすると思うんです。一人の優れた人の力で何かを立ち上げた場合、その人の人生で終わってしまったり関わり方によって浮き沈みが生じてしまうけど、いろんな人がいろんな形で関わって自然な形で広まっているものなら次に受け継がれていくとか。そういったものを一つでも多く分散して、小さくてもいいから最終的に生活とか文化のような感じになっていくといいのかな、と思っています」

 

陸前高田での暮らしについても「関わり続けたら見えてくることがあるんだなあと思って続けているうちに、気づいたら6年もいました」と笑う溝渕さん。

インタビューの最後に、これから先をどんな風に描いているのか聞いてみました。

「ここにいて、自然と向き合っている場所の魅力をすごく感じさせられたんですよね。人と人とか、人と自然が出会うことによって何かが生まれることに今すごく価値を感じている。自分も将来地元でそういった施設や体験を提供できる側になれたらと思うんです。

やっぱり最終的には地元に戻って、何か場所を作りたい。まだ具体的に『これ』といったものがあるわけではないですし、そこは流動的でいいと思っています。高知へ戻る前に一度いろんなところを見に行ったり、興味のあることを試してみる期間をとりたいですね」

 

溝渕さんは今、「自分の熱量を持って執着できるものを見定めていっている」ところ。

出会ったものをひとつひとつ受け取って、感じ取りながら、じっくりと描いている方へ進んでいくのだと思います。

「今日も色々と思いつくままにお話ししていましたが、そうやって自分の中の状態を大事にしていくのがいいのかなと思っています。一つに決めてガッと向かうよりも、今自分がどういう状態なのかとか、何か違和感を感じていないだろうかとか。ちゃんと自分で『なんだろう、これ』みたいなものに向き合っていくことが重要なんだと思います。自然さとか、本能のままとか、そういうものを大切にしていきたいですね」

 

溝渕さんの「働く」
宿泊・滞在施設「箱根山テラス」

 

(text:山崎風雅)

移住者プロフィール

溝渕 康三郎さん

高知県南国市出身。千葉県内の大学でデザインを学んだ後、飲食業界に就職し店舗の設計・スケジュール監理を担当。東日本震災を機に、NPO法人ETIC主催「右腕プログラム」に応募、2013年より(株)長谷川建設の木質バイオマス普及プロジェクトに参加。現在は箱根山テラスのマネージャーを務める。

インタビュー場所について

お話を効いた場所:宿泊・滞在施設「箱根山テラス」

箱根山テラスは、「木と人をいかす」をテーマに2014年秋にオープンした宿泊・滞在施設。「自然の持つ魅力を切り取っているような施設」と溝渕さん。訪れた人が、自然と地域の人とつながるきっかけになったらという思いも抱きながら運営に携わっています。

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