好きなことに合わせて、「自分と密接に結びつく」暮らしへ

2020.06.22

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今回お話を聞いたのは、廣瀬太陽さん。東京の大学を卒業してすぐに陸前高田市に移住した廣瀬さんは、学生時代から関わりのあった広田町を拠点に暮らしています。

半島に位置し、海に突き出た形をしている広田町は、町全体が海と山に面した自然との距離が近い環境。ここで広瀬さんは、畑仕事や養殖漁業の手伝い、好きな読書や文章を書く、といったことをしています。それらの日々を、どんな風に感じながら過ごしているのでしょう?

まずは、廣瀬さんが陸前高田市に移住するまでの経緯から伺いました。

大学と社会を繋げる時間を作りたかった

廣瀬さんは、北海道札幌市出身。東京の大学に通いながら、友人の誘いを受けて参加したNPO法人SETのプロジェクトメンバーとして、月に1度、陸前高田へ訪れていました。(NPO法人SET:陸前高田市広田町を拠点にまちづくり活動を行うNPO法人)

法学部に所属し、裁判例や社会問題について勉強していた広瀬さん。陸前高田への移住を意識したのは、就職活動が始まる大学4年生の頃でした。

「大学では過去の事件や裁判例を研究していて、といっても法律そのものというより、争いを生む原因になっているような社会問題の方に興味を持っていました。色々な裁判例を読んでいて見えてくる世の中の理不尽さとか、根底にある社会問題とか、そういったことに目が向いて。社会で起こる課題に対して、自分も何かできたらなという思いがありました。

本を読んだり哲学に触れたりするのも好きだったので、大学にいることってかなり環境が良いと思っていたんですよね。ですが、大学3年の後半あたりから就活が入ってきて。図書館には200万冊ぐらい蔵書があるのに、それに触れる機会が減ってしまったりするのがもったいないなと。

このまま何となく就活や就職をするのではなく、好きな学問に触れたり、法学部に所属するなかで考えていた『社会のためとは何だろう』といったことを、もう少し考える時間がほしいなと思っていました」

すぐに企業へ就職することに違和感を抱いていた広瀬さんは、じっくり自分のやりたいことについて考えるため「大学と社会を繋げるもう一段階」となるような時間を作ることを目指します。

 

そこで、まずは住む場所を変えることを考えた広瀬さん。卒業後に過ごす場所として思い浮かんだのが、通っていた広田町への移住でした。

「どんなところがいいかと考えたときに、広い土地がどうしても欲しかったんですよね。もともと僕は北海道の札幌で育って、地平線のかなたに見える山々とか、そういうものが自分にとっての原風景としてあったので、東京はちょっと違うなと。畑をやってみたいなと考えた時に、選択肢に浮上したのが広田町でした。自然が近くて、住んでいる人たちとの繋がりもあるし、面白そうだなって」

仕事については考えていなかったものの「行くということだけは先に決めちゃって、とりあえず生活はできるだろうという感じで」と、大学を卒業したのち陸前高田へ飛び込んだ広瀬さん。移住した広田町内にあるシェアハウスに住みながら、SETが主催する移住留学プログラム『Change Makers’ College』に参加したり、畑作業や執筆活動のほか、一次産業に関わるアルバイトなど「好きなことや、興味のあることに取り組む」時間を過ごしています。

「来てからの一年間は、色々やりましたね。ワカメや牡蠣、田植えや稲刈りの手伝いをして、またちょっと牡蠣をやって、みたいな。 最近は、晴れていたら朝5時過ぎに起きて、借りている畑に行って作業をし、家に帰って本を読んで、気が向いたら自分の家の畑をみて、午後はSETの仕事をやって…というような生活です。僕がやりたいことって、本とか畑とか時間がかかることが多いので、あまり予定を詰め込みすぎないようにしています。

あとは文章が好きなので、それは仕事にしたいなーみたいな気持ちがあって。批評や評論を読むのが好きで、書くことも最近ちょっとだけ手をつけ始めているんですけど。

この町の中には、経済的なものでは測れない知恵や知識というか、まだ言語化できていないものにたくさん価値があるんだろうなという風に感じていて。暮らしの知恵とか、伝統というのかな。この町に暮らしてみたことで感じた価値を、ちょっと言葉にしてみたいなと思っています」

終わりのない「分からなさ」が面白い

広田町で生活していく中で自然や人との関わり合いから感じ取ったことを、じっくりと思考し、表現していく広瀬さん。特に時間をかけているもののひとつに、畑や牡蠣などの自然に関わる仕事があります。最近は畑で過ごす時間が多く、町内に住む方から借りている場所と、住んでいるシェアハウスの敷地内に開墾した2つの畑を扱っているそう。

お話を聞いていると、「畑をやったりというのは、生活基盤というよりも、少し別の意味合いもあって」と広瀬さん。広瀬さんにとって、ここで畑仕事をすることはどんな意味があるのでしょう?

「単純に美味しいものを自分で作って食べたいというのはもちろんあるんですけど、それだけじゃなくて、ライフスタイルとして興味があるというか…。不思議なんですよね、畑をやっているとたくさん疑問が湧いてきちゃうんですよ。植物がうまく成長しなかったらそれはなぜだろうとか、生えてる雑草も一つ一つちゃんと名前があると思うんですけど、それが分からなかったりして。調べてたくさん覚えたところで分からないことは出てくるだろうし、終わりがないんですよね。野菜を育てていても、自分の思った通りに行かなかったり予想外のことが起こったりする。自然の中で何かするということは、正解もないし終わりもない、そういうのが結構楽しいですね。

僕、大学生の時は、図書館の無数にある本を前にして『あれもこれも詰め込まなきゃ』という感じでいて。たくさん知っているのがいいことだと思っていたんですけど、そうやって詰め込んだものって大して役に立たないというか。それよりも、手を動かして畑をやったり、自分で考えてみたりというような『自然と向き合っていると見せかけて、実は自分と戦っている』みたいな状況が広田町で生活する中であって。そういう状況の中で生まれた感覚というのは大きかったと思います。

ここは、いろんなことをじっくりと長い時間をかけて考えられる環境だと思うんですよね。普通に暮らすだけならそんなにお金がかからないとか、静かな環境があったりとか。自分のこれからを考える上では、やっぱり一番いいところなんじゃないかなって感じています」

興味や関心のあることに、ひとつひとつ取り組んできた廣瀬さん。これから先の暮らしをどんな風に考えているのか尋ねると、「未来に対してはあまり興味がないんです(笑)」と、しばらく考え込んだあと、今思っていることを教えてくれました。

「僕がやりたいことって、明確なゴールや決まった目的があるわけでもないというか、むしろ行き当たりばったりで生まれてくるものが楽しそうだなあと思っているんです。…ただ、さすがに何か仕事にしたいというのはありますね(笑)暮らしの基盤を作っていきたい。やっぱり、自然に向き合うことや自分の頭で考えるといったことは続けていきたいし、言葉を書くことは昔から好きなので、自分にとって欠かせないなと思っています。

好きなことに合わせて、自分と密接に結びつくような仕事やライフスタイルを作っていきたい。それが大事だと思います」

自然や自分自身に向き合いながら、深く思考する広瀬さんの言葉は、確かにひとつひとつ丁寧に、じっくりと選んで伝えてくれている感じがします。

「周りの人から見たら結構暇に思われるんですけど、全く時間がないんです」と笑う廣瀬さん。これからも「分からないことが面白いんですよ」という言葉のままに、楽しみながら暮らしを形作っていくのだと思います。

text:山﨑風雅

移住者プロフィール

廣瀬太陽さん

北海道札幌市出身。2017年春に初めて陸前高田市広田町に訪れ「ChangeMakerStudyProgram」に参加、定期的に通う。大学を卒業した2019年3月に陸前高田市へ移住。NPO法人SET所属

インタビュー場所について

インタビューをした場所:NPO法人SETの事務所

廣瀬さんが学生時代から所属していた「NPO法人SET」の事務所。「SET事務所は広田町やSETで起こっている様々な情報が集まる場所です。これからこの町を形作る基盤になればいいなと思っています」。日中はここで読書や仕事をして過ごしています。

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