コンテンツ

現場に身を置いて見えたリアル
2024年7月に地域おこし協力隊として着任した柴崎さん。前職は院内や民間で救急救命士として働いていた。
もともと2週間の地域おこし協力隊インターンで陸前高田を訪れた経験があり、土地の雰囲気は知っていたという。
しかし、実際に暮らしてみると「思ったより暮らしづらくない」と感じたそうだ。
「陸前高田けんか七夕祭りなど 、人とのつながりが強いまち。お祭りで出会った人たちに良くしてもらい、その人たちに救われました」
一方で、協力隊としての1年は想定外の出来事も多かった。
移住希望者からの相談に対応する移住コンシェルジュとしての業務に加え、
空き家バンクの運営担当も兼任することになったのだ。
移住相談から見える「世代の変化」
柴崎さんが所属するNPO法人高田暮舎では、移住希望者への相談対応や空き家の紹介を行っている。
移住相談に訪れる人の年代には、変化が見られるという。
現役世代ではない、暮らしに余裕を持つ人—。
陸前高田では、そんな層が移住を決断するケースが多いそうだ。
丁寧に向き合うからこそ見えてくること
移住コンシェルジュとして携わっている移住定住の事業は行政とNPOが連携して進める事業だからこそ、
関係者同士で丁寧に歩調を合わせながら進めていくことが大切になる。
その分、すぐに変化を起こすのは難しい場面もあると柴崎さんは話す。
また、数値では表しにくい仕事だからこそ、成果を感じにくい瞬間もあるという。
「それでも、いろんな考えを持った移住希望者の方と話す中で、正解がないところが面白さです」
一方の空き家バンクの運営業務では、地域の高齢者や空き家の家主と向き合い、まちの歴史を知る機会が多い。
「そのお家の歴史や陸前高田の話などを聞くのが面白いですね」と語る。

「けんか七夕」がくれた居場所
柴崎さんを支えたのが、陸前高田市気仙町の祭り「けんか七夕」だった。
「活動で悩んだとき、けんか七夕の仲間たちと話をしたり、自然体で声をかけてくれたり。基本的に私は人に相談するってことはあんまりなかったので、救われたなと思います」
知り合いのいない地域に入り込むのは簡単ではなかったという。
それでも「素で行って、受け入れられなければそれまで」と腹をくくり、1年目は毎日顔を出した。
「結局、相手の立場を考えると、それが自然なことだと思ったんです。やるからにはしっかりと最初から最後までっていうところは私の中では当然でした。」
これからの1年、育てたいのは“関係”
今後について尋ねると、少し考えてからこう語った。
「業務としては、今ある活動をもう少し良くできたら。個人としては、“けんか七夕”をはじめ地域との関係をもっと深めたいですね。」
何か新しいことを打ち出すよりも、すでに築いた関係を大切に育てていく。
「地域をつくるのは人。場所そのものに執着があるわけではなく、周りにいる人たちが自分にとってのキーポイントなんです」
地域おこし協力隊という肩書を超えて、「人が紡ぐまちで生きる」
その静かな覚悟が、柴崎さんの言葉からにじんでいた。

編集後記
取材を通して感じたのは、柴崎さんの「誠実さ」でした。
地域おこし協力隊という肩書を横に置いて、無理に地域の中心に立とうとせず、ただ人と向き合い、足を運び続ける。
派手さはないけれど、その姿勢こそが信頼を生み、地域の輪をゆるやかに広げているのだと思います。
(文・地域おこし協力隊サポートチーム)