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JR陸前高田駅から5分ほど車を走らせると、7月末に工事が終わったばかりだという「たまご村」に到着しました。カラフルな卵のオブジェが目を引き、すれ違う人、お店の雰囲気がとても和やか。今回はその中に拠点を構える「一般社団法人トナリノ」の代表佐々木 信秋(ささき のぶあき)さんと、企画部ディレクターの佐々木 彩花(ささき あやか)さんにお話を伺いに来ました。信秋さん、彩花さん、まずは、たまご村とトナリノについて教えてください。
信秋さん「私たちトナリノはテナントでもありますが、たまご村の事務局も兼務しているので、たまご村とは『パートナー』という言葉が近いですね。
トナリノの仕事は住民のみなさんの困りごとを解決することです。わかりやすく言えば『何でも屋さん』のようなポジションです。
『地域の相棒』としてサポートする形。パンフレットの表紙の犬みたいに、一緒に伴走する、時には一緒につまづくということを大事にしています。
相談を受けて、悩みを聞いて、いろいろな人に相談してプロジェクトをつくる。計画段階、お金の調達、さらに現場までを『伴走支援』していきます」
え?お金の調達まで?そんな込み入ったところまでお手伝いしてくれるんですか?信秋さん「はい、ご相談いただくときにじゃあ資金をどうするかという問題は必ず出てきますから。数十万円規模から、一千万円を越えることもあります。
地元のお母さんの料理教室から大規模プロジェクトまで、分野も幅が広いんです。三陸の観光振興と交流人口の拡大を目的に2020年秋に開催する「三陸花火大会2020」では事務局を担当しています。オフラインではアーティストのライブや飲食ブース、PRブース、オンラインでは花火打ち上げのライブ配信を予定していて、たくさんの方々と一緒に進めているプロジェクトなんですよ。いつも、だいたい30〜40の案件が稼働していて。みんないつも忙しく、てんやわんやです。(笑)
みなさんバリバリお仕事されていますね、いい意味でここが陸前高田とは思えない…。トナリノはどうやって生まれた組織なんでしょうか。
信秋さん「2011年にSAVE TAKATAという復興支援団体を立ち上げました。
SAVE TAKATA設立当初、実は理念のないままスタートしたんです。いただく相談を全部受けようとしていて「なんでもできるっていうのは、なにもできないっていうのと同じだぞ」と言われることも当時はあり、もっと強みを作らないと…って焦っていました。2017年頃になって『困りごとを聴く』っていう専門性ができ、同時にぼくらのミッションや、向かうべき先が見えてきました。
プロジェクトの中って業務によって濃淡があるんですよね。その濃淡の設計が自分たちはうまいんだと思います。そして、その濃度が薄いところのお手伝いをするというのがうちの強みであり、ここ10年で磨いてきた専門性です。
そして、これからのトナリノの中で大事になってくるなと感じているのが、今回募集するサポート業務。こちらの佐々木彩花さんが今その仕事を担当してくれています」
彩花さん「陸前高田に来る前は、都内のベンチャー企業に6年ほど勤めていたんです。携帯ゲームの企業でしたが、ウェブ制作など制作系の業務、営業系の業務、企画や経営など、オールマイティと言えばかっこいいんですが(笑)、『もうクリエイティブに関わることはないだろうなぁ。』陸前高田に来た時はそう思いましたね。実際、求人を見ても接客や介護、事務などの募集が多かったですし。
本当になんでもやっていて。それで、トナリノさんが募集していた求人に応募したんです」
陸前高田にきたのはいつごろですか?
彩花さん「高田には2年前に夫の仕事の都合で来て、建設会社で1年契約で事務のお仕事をしました。その次の仕事を考えた時にどうしようかな、って悩んだんです。そんな時に趣味のサークルの仲間からこのお仕事を紹介してもらい、今年の4月ににトナリノに入社しました」
お隣で「うんうん」とうなずきながら聞いていた信秋さんが続けます。
「入社の仕方も面白いんですよ。募集していたのはプロジェクトの進行管理をするディレクターだったんですが、履歴書をもらったときに、「自分の補佐に欲しい」っていって、新しく彩花さん用のポジションを用意したりした経緯もあって」
お話する二人の雰囲気がまさに「相棒」という感じがして、日頃のお仕事の様子が伺えます。幅広い業務の中で、彩花さんは具体的にはどんなことを担当しているのでしょう。
彩花さん「そうですね、今はプロジェクト会議に同席して、議事録を作成したり、パワポの資料を用意したり。他の事務局対応もすることがありますね。広報業務ではSNSの発信、HPの更新や管理もやっています」
秘書、営業、広報、ほんとうに幅広くサポート、という感じですね!器用に動ける方、というイメージでしょうか?
信秋さん「私のサポートなので会社全体に影響があるものが多いです。器用さも必要ですが、お客様とのやりとりや企画書の作成など営業のスキルは活かす場面が多いと思います。自分が携わってきた仕事やキャリアが、ばさっと切られ、関係の薄い土地に来る。もし自分がその立場だったらって考えると、愕然としました。彩花さんのように都市部で経験を積んだ女性が転勤で陸前高田に来て、「仕事がない場所に来ちゃった…」って今も思っているかもしれない。そういう人こそトナリノにとって貴重な人材だと思っています」
彩花さん「陸前高田にきたとき、『この土地にしっかり根をはりたい』と思ったんです。今は、地域のみなさんとお仕事でもしっかりつながりながら、今までの経験を活かすことができています。やりがい、ありますよ」
応募してくれた方はどんな環境でお仕事を進めることになるんでしょう?お仕事で関わるのは信秋さん、彩花さんが中心になるんでしょうか?
信秋さん「主に彩花さんとコンビでやること仕事が多いと思います。あとはその方の得意な職能に合わせて、チームをつくるということも考えていますよ」
これからはトナリノとして『土地ではなく、もっと人に紐付いて行こう』と考えているんです。地方が抱えている課題って似ている部分も多いし、地域を越えて情報も仕事も共有していくことはできないかと。
うちの職員でも、これからいろんな理由で陸前高田を離れる人もいる可能性がある、それは自然なことです。そうなったときに、トナリノの考え方をよくわかっている人が他の土地に行くことはむしろ会社にとってもプラスなんじゃないかって考えています」
たまご村には飲食店、デイサービスや訪問看護・訪問リハビリ、子供から大人まで楽しめるプレイルーム、防災減災や農業系の非営利法人などもテナントに入っています。同じ建物の中を、いろんな立場の人がすれ違い挨拶をかわすたまご村のように、トナリノも障害者や子育て中の女性をはじめとした「強くない人」へのやさしさが印象に残ります。
トナリノとして、「子育てと仕事のシェア」という概念は力を入れて進めています。困りごとの中から、事務、広報、受付など必要な業務を細分化して、専門性の高い仕事と子育て中の女性を結びつけていきたい。将来的には障害者や高齢者にもマイクロタスクのような形で一部切り出して、一緒に働くという形を目指しています。
個人的な話ですが、私も以前転勤族で、東日本を転々としていた時期がありました。一つの仕事を長く続けることが評価されやすいのに、3年置きに強制的に区切られるキャリア。知り合いのいない土地。「3年後にはいない人」というレッテルも寂しいものがありました。
お二人の話の中で何度も出てきた「人に紐づく」「伴走する」という価値観の中で、トナリノが描く未来。きっとたくさんの笑顔が生まれていくのでしょうね。
「陸前高田で私のスキルは活かせないだろうな」そう思う女性にこそ、チャレンジして欲しいお仕事です。