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陸前高田市広田町。煙山さんのインタビューでも登場したこの地区は人口わずか約3200人の漁師町。陸前高田市の中でも、少子高齢化や人口減少の深刻化が進んでいる地区のひとつです。
一方で、その自然豊かな土地柄や地域の人たちの暖かさなどに惹かれた20代前半の移住者が多くいます。その大半を占めるのが特定非営利活動法人SET(以下、SET)のメンバーです。
SETは2011 年に発生した東日本大震災をきっかけに設立され、広田町を拠点に「まちづくり」活動を続けています。
今回お話をお聞きした野尻悠さんもそのメンバーのうちのひとり。SETメンバーとしての活動を続けながら、2018年6月、同地区内に「カフェ彩葉」をオープンしました。
オープンしたばかりのカフェに伺って、挨拶を終えると、早速手挽きのミルで豆を挽いて、丁寧にドリップしたアイスコーヒーを用意してくれた野尻さん。広田湾を望む、窓側席に腰掛けて、「野尻さんが広田町にきて、カフェを開くまでのなりゆき」をお聞きしました。
野尻さんが初めて陸前高田市に訪れたのは2015年、当時大学3年生の頃。
SETのメンバーとして活動をしていた友人から、加入を勧められたことがきっかけでした。
「初めて広田町に訪れた日に、友人が地元の方達との交流会を開いてくれたんです。そこで初めて広田町の方々とお話をして。この人たちとこれから繋がって、仲良くなっていけるかと思うと、楽しみだなぁと、とてもワクワクしていました」。
一度訪れたことで、広田町に住む地域の方々の人柄を知ると、すっかり広田町に「はまってしまった」という野尻さん。その後、大学卒業まで月に1度は広田町に訪れるという生活を2年間続けていました。
大学生の頃の野尻さん。夏休み春休みには1ヶ月間広田町に滞在して、地元の人との交流を深めてきました。
「大学4年生になる頃、就職活動をするか、広田町に移住するか迷っていた時期もありました。でもやっぱり広田町で自分ができることを見つけられなくて。それなのに移住を決断するのは、自分にはちょっと早すぎるかなと、一度東京で就職することを決めました」。
大学卒業後、2017年4月から都内の企業に勤め、社会人生活をスタートした野尻さん。
就職してからも月に1度は広田町に通う習慣を続けていましたが、仕事が忙しくなってくると、なかなか休みを取ることが難しく、広田町へ行く時間を作ることができませんでした。
「6月に初めて広田町に行くことができなかったんですね。それが私としては苦しかったと言うか。悲しかったと言うか。広田町に行きたいのに行けないもどかしい気持ち、広田町の人達に会いたいという気持ちがすごく大きくなっていて。仕事中の休憩時間にも広田町のことが思い浮かぶようになっていたんです。その後、7月は1度広田町に行くことができました。そこで、久しぶりに会ったSETのメンバーに自分の気持ちを話していたら、自然と涙が出てきたんです。今でもはっきりと理由はわかりません。たぶん、私の安心する場所、一緒にいたい人たちはここにいるんだなっていうのを強く感じたのかな」。
一度広田町から離れて、進路を選択したことが、広田町への想いを強くするきっかけとなり、野尻さんは改めて広田町への移住を決意。その頃には移住への不安を感じていませんでした。
「なにかをやりたいとかそういうことがなくても、ただ単に広田が好きという理由だけで広田にいていいんだっていう気持ちが明確になったんです。まずは広田で暮らしてみて、そこから何かやりたいことを見つけていこうと決めました」。
まずは広田で生活をしながら、広田でできることを探していこう。そう考えていた野尻さんは、2017年10月、SETが主催するチェンジメーカーズカレッジ(以下、CMC)に参加します。CMCは多種多様なアドバイザーのサポートを受けて、「やりたいこと」を実現するための力を身につけることを目指す4ヶ月間の移住留学プログラムです。
CMC中のひとコマ。コミュニケーションやプロジェクトマネージメントなどの講座を受け、実践を行うChallenge Day、自分のやりたいことを実行する「My Project」等に取り組みます。
「CMCに参加して、自分のやりたいことを考えて想いを深掘りしていくと『自分にとって、大事な広田の人たちや友達、家族がみんな一緒に集まれる空間を作りたい』という気持ちを思い出したんです。学生の頃に広田に訪れながら、そういう気持ちを抱いていたなって。そこから『カフェ彩葉』をつくろうという動きが生まれました」。
CMCを修了し、早速「広田でやりたいこと」を見つけた野尻さんはカフェを作るための準備に取り掛かります。野尻さんが最初に始めたのは資金集め。
クラウドファンディングを利用し、支援を募ると、集まった金額は1,218,000円。総勢、167人もの人が支援をしてくれました。
その後、SETメンバーの協力を得ながら、古民家の改装作業を始めました。
「途中で何回もくじけて、手伝ってくれていたみんなにも迷惑をかけて。イメージしていたものを形に落としていく作業はやっぱりすごく難しかったです。なかなか思うように物事が進まなくて、みんなギクシャクした関係性になっていました。
カフェができると聞いたまちの人たちから「どんな美味しいものが食べれるの?」と聞かれて、その期待に応えようとして、どんどん「カフェでどんなメニューを出そうか」とかそういうことを考えるようになっていたりもして。私たちが作りたいのはいわゆる「カフェ」なんだっけ?って。自分たちが最初とは違う方向に向かっていることに気づきました。私たちが作りたかったのは美味しいものが食べられるカフェではなくて、『広田を好きになれるきっかけとなる空間』。そこをみんなで改めて考え直してから意思疎通が取れたというか。明確な想いがみんなに伝わるようになって、またみんなで一緒になって頑張ることができたんです」。
カフェの改装作業は、SETメンバーの他に地元の人の協力も。道具の使い方を教わりながら、DIYで改装に取り組みました。
1ヶ月半の改装期間を終え、いよいよカフェ彩葉はオープン。オープン初日から、たくさんの地域の人が訪れてくれました。ひとりで訪れて読書をする人、お友達と訪れてコーヒーを飲みながらおしゃべりをする人。「訪れてくれる人によって、変化するお店の雰囲気がとてもおもしろいです」と野尻さん。
最後は、「みんなが集まれる場所をつくる」ことが達成できた野尻さんに、これから「やってみたいこと」をお聞きしました。
「このカフェは、誰かが『やってみたい』と思っていることを実現できる場所になったらいいなと思っています。例えば、広田で手芸をしている人の作ったものをお店に置いて、その物に込められた想いやその作り手さん自身のことを伝えられるような仕組みを作れたらいいな、とか。ここに訪れた人がこのまちの人のことを知れて、その人とつながっていくきっかけを作れる。みんなのやりたいことがここに集まって、一緒に実現していけるような場所になったらすごくいいなと思っています」。
さらに、カフェのことだけではなく、野尻さん自身にも目指したい姿があります。
「私は、生きがいを持ってキラキラと輝く人を増やすような人になりたいです。そうなりたいって思ったのは、畑仕事をしていた広田の人と出会ったことがきっかけで。畑仕事って毎日同じ畑に出て、作業をして、ということを繰り返している。毎日同じ作業をしていくことが大変だなと思って見ていたんです。でも、話を聞いてみると、どうしたら野菜が美味しく育つかって毎日試行錯誤していて、その事自体を楽しんでいるんだよって。自分がやってる仕事に誇りを持っていて、毎日楽しいって言えるその姿が本当にかっこよくて。そうやって、広田の人たちといるとパワーをもらえるんですね。ここで頑張りたいな、この人たちと頑張りたいなって思える。私もこういう人になりたいなって思っています」。
カフェ彩葉や野尻さん自身の「やってみたいこと」を話していると、野尻さんは表情を次第に明るくさせながら、はずんだ口調に。野尻さんが広田町の人から受け取っているように、「自分のしていることに誇りを持ちながら、ここで、この人達と頑張りたい」というパワーは野尻さんから、一緒にいるこちら側へも伝わってきます。
「ここで、この人達と頑張りたい」という想いを原動力として、やりたいことを実現させてきた野尻さん。
野尻さんと同じように「やりたいことを実現する」のは、少しハードルが高く感じられます。
それでも「暮らしたい場所」や「一緒にいたい人」を考えて、まず、その環境に飛び込んでみることが、「やりたいことを実現する」最初の一歩になるのかもしれません。
(Text : 宮本拓海(COKAGESTUDIO))