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今回お話を聞いたのは、石渡博之(いしわたひろゆき)さん。東京の大学を卒業後、陸前高田市広田町へ移住してきました。NPO法人SETのメンバーとして働きながら、漁業にも携わっています。(NPO法人SET:陸前高田市広田町を拠点に、まちづくり活動を行うNPO法人)
石渡さんが住む広田町は、岩手県の最南東部に位置し、人口約3000人ほどの漁師町です。牡蠣やワカメの養殖も盛んで、海の幸にも恵まれています。まちの半分は海に囲まれた半島で、広田町の人たちは、昔から海とともに暮らしてきました。
そんな海との生活に魅了された、石渡さんの中にうまれた想いを探っていきたいと思います。
まずは、石渡さんが移住するまでの経緯から伺いました。
『夢をみるのに、年齢は関係ない』
神奈川県横須賀市出身の石渡さん。大学1年生の時に、SETの学生向けの活動に参加し、広田町を度々訪れていました。
移住するきっかけとなったのは、広田町出身の画家、畠山孝一(はたけやまこういち)さんとの出会いから。
画家として活動している孝一さんの自宅へ行った際、描いた絵画がたくさんあるのを目にしました。絵画にもう一度日の目を当てたいとの想いで、孝一さんの家をまるごと美術館にし、1日美術館を開催しました。
それまでは、高齢ということもあり、「あとは自分は死ぬだけだ」と話していた孝一さん。このことがきっかけで、孝一さん自身が元気になり、「もっとこの絵を良くしたい。世の中に出していきたい。」という気持ちに変化していったそうです。
そんな孝一さんの姿を見て、「夢は子どもに対してへのアプローチだけではなく、夢を叶えることはお年寄りの方や年を重ねてもできるし、輝けるんだと価値観が変わったんです。自分のなかで大切にしたいものが変わった瞬間でした。」
色んな年代がいるこの地域で暮らし、関わっていきたいとの意志が強くなり、広田町への移住を決意しました。
『このまちの漁業という一つの文化を守りたい』
移住後はSETに所属し、大学生とまちの人との関わりを作る、コーディネーター的な役割をしています。「地域の中に学生が通って、まちの人と一緒に活動ができたり、素敵な関係がつくれたら」そんな想いで、活動しているそうです。仕事はSETの活動が主になりますが、石渡さんはその傍ら漁業にも携わっています。
漁業を志すきっかけとなったのは、移住後SETのメンバー訓練でわかめ漁に参加したことから。
「すごい単純作業だけど、毎回新発見が多かったんです。そしてこんな手間暇があって、人の口に食べ物って入るんだ!ここまで大変なことなんだと感動しました。やりがいを持って最後までやらせてもらえたのも大きかったですね。」
自然のありがたみに触れ、海を相手にして働く先輩たちの背中をみた石渡さん。
「海で働く人たちは、海を誇りに思い、大切にしているのが姿勢や言葉で伝わってくるんです。一人じゃできないこの仕事は、人が減っていく中で続けていくのは、難しい事と感じました。関わっていくなかで、このまちの漁業という一つの文化をなくしたくない!と思ったんです。」
やると決めて、言葉に出したときに、応援してくれるまちの人がいます。2020年6月に船舶の資格と、9月には準組合となり漁業権も取得しました。地域の方から船を譲りうけ、エンジンなど船に必要な道具も全て頂いたそうです。そして2021年の5月、念願のウニの開口で漁師デビューを果たしました。
「自分もまちの一役になり、応援してくれる人の楽しみになれればいいなと思います。」
石渡さんはSETの活動をベースに、漁業の繁忙期には、漁へおりたりわかめの手伝いや漁師さんのサポートをしたりと、漁業とのバランスを模索中です。
「20代、30代はまだ、漁業メインでとは考えていないです。でも、暮らしの中に漁業を位置づけるのが、今の自分にとってとても有意義なことだと感じています。暮らしや生き方に溶け込ませていくのが、いいかなと。そう感じます。」
『誰かがいる暮らしが大切と気づかせてくれた』
地方の暮らしにつきものなのが、方言です。石渡さんがこの地域で好きな方言が、「やんべに」。仕事をしていて「今日はやんべにやろう」と声を掛け合ったりしているそうです。
「いい按配に。適当に」と言った意味合いをもつ言葉は、どこか肩の力を抜いてくれる、魔法の言葉です。
「広田に住んでみて、人との助け合いや繋がりの素敵さをすごく感じるんです。あかの他人を気にするってすごいことだなって。人としての丁寧さを日々学んでいる気がします。」
これからの生活も、日常の中に広田の暮らしがあって、その一つとして漁業があるのが理想と語る石渡さん。
「漁業権はもっているのですが、家族じゃないと一緒に漁におりれなかったり、船で釣りをするのも、資格をとらないといけないんです。意外と漁の縛りがあるので、時代に合わせて仕組みが変わっていけばいいなと思います。休みの日に気軽に船をおろして釣りをしたり、ハードルが少しずつ下がっていくといいなと思いますね。」
何もないところだからこそ、人との繋がりや助けあいがあって、自然を感じれる場所。
色んな人との関わりがあった中で、助けてもらえるまちのあたたかさに感謝しつつ、
「いつか自分も恩返しができたら」胸に秘めた想いは、すでに地域の人たちへ伝わっていることでしょう。
最後に、移住を考えている人へアドバイスをいただきました。
「よく移住者あるあるで、地域になじめないという話を聞きますが、広田はそんなことはないです。僕は、大学生の迷っていい時期に出会えたのが、良かったのかもと思います。
高い志や目標がなくても、興味があったらまず1週間行ってみようかな。でもいい。やってみたいと思ったら口に出してみて、周りの人に相談してみることで進むことってあると思うんです。
僕自身も話してみて、目標があるわけでもないけど、生きていけるんだなと思いました。肩肘張らず、緊張せず、田舎に来てみるのもありなのかなと。恩の送り合いがあることが、この地域での暮らしが楽しくなる一つだなと、住んでみて実感しました。ぜひ、一緒に体験できたらと思います。」
石渡さんは海や自然、そして周りの人たちへの「感謝」の想いを、インタビュー中に何度も表現していました。正直に、感謝の気持ちをもって生きているからこそ、手を差し伸べてくれる人がたくさんいるのだと、石渡さんから教えてもらいました。
石渡さんが持つ人を惹きつけるパワーは、この地域に暮らす人やこれからの漁業を支えていくのだと思います。
text:吉田ルミ子