自分から「伝え」、「頼る」ことが大切

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今回は、3人のお子さんを育てながら、陸前高田市役所にお勤めの蓑島(みのしま)さやかさんにお話いただきました。ご夫婦ともに札幌のご出身で、2015年1月に移住。子育てしながら、陸前高田市の保健師として働く蓑島さんに、陸前高田での暮らしを始めた頃と今の暮らしについてお伺いしました。

訪問先の人たちが、本当に暖かくて優しかった

 

蓑島さんが陸前高田に来たきっかけは、当時お付き合いをされていたご主人が震災後のボランティア活動をしていたことにさかのぼります。当時、蓑島さんは札幌市在住でしたが、ボランティアのため行き来を繰り返していたご主人が「陸前高田は、人が暖かくて、お手伝いに行ったのに逆に元気をもらっている」など、高田のお土産話をよくしてくれたそうです。

 

「だんだん一時的なボランティア支援でなはく、人のためになることをしたいと高田への移住を検討し始めた旦那さんの話を、へぇ〜と話を聞いていましたね。」

震災から3年後、陸前高田に初めて訪れる機会がありました。

「旦那さんから『お世話になった人たちに挨拶をしたいから一緒に来ないか』と言われて、2014年3月11日に初めて高田に来ました。来る前は、震災から3年も経って、一度も来ていないまちにポンと来ていいのかなと、申し訳ない気持ちもあったんです。その時、地元の方に『いつ来ようと、こうやって足を踏み入れてくれることが嬉しいんだよ』って言ってもらえました。本当に暖かくて優しいと実感しました。」

 

結婚後も陸前高田と札幌を行き来する生活を送り、陸前高田に住み始めたのは2015年の1月。長男が1ヶ月の時でした。震災後という不安や、不便になるのではないかと心配をしながらも、看護師と保健師の有資格者であることで仕事はどこでもできるだろう、とそれほど多くの心配はしなかったそうです。

 

 

自分の知らないところに行った時は、引きこもらずに、外に出る力が大事

 

震災から復興に向かうその過程で、陸前高田には多くのつながりが生まれました。「震災がなければ、知らないまちだったと思う」と話す蓑島さん。そんなまちで暮らして、陸前高田はどんな場所だと感じたのでしょうか。

 

「陸前高田は地域全体が暖かいです。子連れでスーパーに行っても声をかけてもらえて、近所の人も子どもたちを可愛がってくれますね。向かいに住んでいる90代のおじいちゃんなんて、毎朝必ず私たちが出発する時に窓を開けて見送ってくれます。『おはよう、行っといで!』って。

親や親戚がいないのは、覚悟がいるかなと思いますが、地域の人に見守られているだけでも違いますね。大きな街はサービス、制度は多いかもしれないけど、人間関係が希薄というか…。ここは暖かいなと感じますね。」

 

「陸前高田は子育てにいい環境」と当時を振り返る蓑島さんですが、夫婦共に移住し、1歳に満たない長男と見ず知らずの土地で生活するのは大変な時期もありました。子育ての相談相手が周りにいないことや、泣き声が近所迷惑にならないようにと気を張っていた時期もあったそうです。

 

そんな時の出会いが蓑島さんのつながりを広げました。

 

「長男が3、4ヶ月の頃からママサロンや、市の離乳食教室にも参加しました。(ママサロン:N P O法人こそだてシップが運営する、1歳までの赤ちゃんと母親を対象としたサロン)

そこで出会ったママと、いろんな子育て支援センターのイベントに行って、ぐっといろんな人とのつながりが増えました。それがあったから、今があると思います。この土地に限らず、自分の知らない所に行った時は、引きこもらずに、外に出る力が大事なんだなって思いますね。」

 

 

陸前高田は「困っている」「いいよ」で助けてくれる人がいる

 

蓑島さんには、子育ての心強い味方がいるとお聞きしました。それはまさに、この取材場所である「産直はまなす」。そして、この産直の運営をされている戸羽初枝(とばはつえ)さんです。

 

「はまなすは、当時のアパートから近かったので、散歩や買い物にも来ていました。初江さんとは常に顔が見える距離にいましたね。」

「私の仕事が始まって、保育所、家のことなど、どうもこうも回らなくなってきた頃、初枝さんが『何かあったら手伝うよ』と言ってくれたんです。それで本当に困って電話したら、『迎えに行こうか?』と、すっと受け入れてくれました。親が近くにいないなかで3人の子育てと仕事の両立はやっぱり大変ですが、家族以外のサポーターをたくさん見つけて乗り越えていますね。この状況を保育所も学童も分かってくれています。そういうつながりが持てたのが大きいと思います。」

蓑島さんの仕事が終わるまで、産直はまなすの事務所で初枝さんと過ごしている。

 

どんなところで生活していても困った時に助けてくれる人がいることはとても理想的なことです。しかし、ここまでの関係性を築くことが難しいのではないでしょうか、という問いに蓑島さんは笑顔で答えてくれました。

 

「お願いしないとどうしようもなかった、というものありますね。だた、受け入れてもらえたのは、日頃から少しずつコミュニケーションを取っていたからかもしれないですね。困っていると言うのは勇気がいるけど、自分から発信すると助けてくれる人がいます。

『困っている』『いいよ』で、快く受け入れてくれるのが陸前高田かなと思います。」

 

 

子育てしやすい環境のしかけ作りはしていたい

 

現在、蓑島さんは陸前高田市役所の保健課で保健師をされています。陸前高田の子育て支援やご自身の仕事への想いをお伺いしました。

 

「子育てには、不安やイライラって付きものな気がします。支援センターは市内にいくつかありますので、そのなかで、自分の行きやすい場所を見つけてほしいです。ホッとしたり、育児のことなどを話せる仲間づくりをしてほしいです。それが何より子育てしやすい環境だし、楽しめる子育てになるのかなと思っています。」

 

簑島さんは育児中の2015年10月に、ママ向けサークル「りくmama+」を立ち上げました。

りくmama+のイベント(過去の開催の様子)。親子で楽しめる流しそうめんを企画した。

 

「仲間内だけではなく外とのつながりがあるといい、ママだからって子育てだけしたいわけじゃない、興味があることは講師をお呼びしてワークショップできる場があってもいい、そんな想いで立ち上げました。札幌にいたら、支援センターもそんなに使わず、自分の友達の中だけで完結していたかも知れないです。こっちに来て、とにかく友達や一緒に何かする人が欲しかったから支援センターにも行きましたし、サークルを作ることになりました。こっちに来ていなかったら、していない行動だったかもしれないですね。」

 

現在は主に保健師として勤務しているので、りくママは参加できる範囲で関わっているそうです。

 

「保健師をやっているなかで、大きなことはできないと思いますが、親御さんの困りごとを聞いて、子どもと成長していけるための手助け、きっかけ作りはずっとしていたいなとは思いますね。」

自分から発信することは大事

 

蓑島さんは、このコロナ禍もあり仕事が忙しくなっているそうですが、私生活では3人の子どもたちと庭で遊んだり、ランチをするなど子どもと楽しめる工夫をしつつ高田暮らしをしているそうです。最後に高田暮らしを検討されている方にメッセージをお伺いしました。

 

「人が暖かい、話を聞いて助けてくれるよ、ということを伝えたいですね。でも頼っていいよって言われても、遠慮していたり、静かにしていると、不便さや大変なことだけが大きくなっちゃう気もします。自然もあるし、人も暖かいから、自分の思いを伝えられるとすごく住みやすくなると思います。」

 

 

蓑島さんは市の保健師として、乳児健診など親子の様々なサポートにあたっています。メッセージの通り、困っている時には「心配しなくていいよ」と、手を差し伸べてくれる人がこのまちにはいます。そのひとりが蓑島さんなのではないでしょうか。

text:板林恵

移住者プロフィール

蓑島さやか(みのしまさやか)さん

北海道札幌市出身。道内の私立病院で7年、看護師として勤務。2015年1月、陸前高田に移住。育児中の2015年「りくmama+(プラス)」を立ち上げ、サロン活動や参加者の発案による自発的なワークショップやイベントを開催する。現在は陸前高田市役所保健課の保健師として、乳幼児とその保護者のサポートを行う。

インタビュー場所について

産直はまなす

陸前高田市米崎町にある産直。国道45号線沿いに位置している。農家直販の青果や花苗が種類豊富に並ぶ。見ず知らずの土地に来たばかりの蓑島さんを、ご主人が知人に紹介するために様々な場所を訪問した。その時の訪問先の一つが産直はまなすだった。

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