人と一次産業をつなぐ仕組みを作りたい。その可能性を探る社会実験のような暮らし。

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今回は移住者の「いま」ということで、約2年前に取材した溝渕康三郎さんのもとを訪ねました。
移住して約8年。現在の活動や心境の変化、ふるさとへの想い、溝渕さんの「これから」についてお聞きしました。

「石の上にも3年」と決めてここに来た

高知県出身の溝渕さんが移住したのは2013年9月。「復旧はひと段落。本格的な復興がこれから始まる」という印象を抱きながら、3年以上はここにいると決めて陸前高田に足を踏み入れました。

移住後の約3年間は、株式会社長谷川建設に勤務しペレットストーブの魅力を伝え、林業やエネルギーの地産地消の理解を深めていきました。

『田舎暮らしよりも見つけてほしいのは自分だけの理想の暮らし』

その後の約3年は、市内を一望する宿泊施設「箱根山テラス」の管理運営に携わります。

『小さくても、続いていくように。生活や文化のようになっていくものをつくりたい』

現在、これらはメインの活動ではなくなっているそうですが、林業や箱根山とのつながりはまだ続いているそうです。

「箱根山では、箱根振興会という団体が気仙大工左官伝承館や杉の家はこねの管理運営を行っています。私も会員として道路清掃に参加したり、団体のFacebookの記事を書いたりしています。長期的には、登山道を整備したり、マルシェを開催したりしながら箱根山をもっと面白くできないかなぁ、と勝手にイメージしていますね。10月からは週に2回、山林整備の講習を受けていて、そこで身につけた技術を箱根山の整備でも生かしたいです。」

海も山も畑の仕事もやっているのが今
かじるくらいでも全部できたら面白い

現在、溝渕さんは新しい取り組みとして農業、林業、漁業に少しずつ関わる働き方を始めました。
それはどのようなものなのか、お話を伺いました。

「今年の春から、米崎りんごの生産や販売をしているNPO法人LAMPに所属して、資料作成、経理や労務などの事務仕事をしています。LAMPでは“陸前高田食と農の森”という若手農家グループの事務局も担っており、私は主に農家の販売会や会議の運営などに注力していて、この仕事が全体の40%くらいです。

その他の時間は、繁忙期で人手が足りない農家さんや漁師さんの手伝い、イベントの企画や運営のサポートをしています。市内のお仕事が中心ですが、時期によっては住田町や大船渡などの現場もあれば、飲食店でアルバイトすることもあり、常に3つくらい動いています。

冬は春〜秋に比べて農業の仕事が減るんですが、イチゴなどのハウス栽培、ワカメや牡蠣などの養殖業は冬〜春が繁忙期だったりします。また、山林整備でも行政が公募している事業によって、経費を捻出することを最近知ることができました。

ちなみにこの半年くらいの実績としては、月15〜20万円の収入です。一次産業で正社員を雇用している事業者さんはまだまだ少ないけれど、組み合わせ次第で通年アルバイトできるか?食べていけるか?を実体験を通して目安を示してみたいです。」

今、溝渕さんが視野に入れていることは、一次産業のアルバイトの組み合わせで、収入を得る働き方。
まだ1シーズン目ですが、いずれ仕組みを構築したいと考えています。

「実際にそういう暮らしを始めて、複数のアルバイト先との予定の調整や頭の切り替えなどで、気疲れしてしまうことがわかってきました。他の人にも同じやり方を展開するのはちょっと難しい、ましてや家庭がある方だと無理そうだなと感じました。

なので、一次産業のハローワークのような組織ができないかなと考えています。『あなたは◯◯に行ってください』などの間を取り持つ組織があれば、もっと多くの人にも関わってもらえると思います。」

溝渕さんは、このような働き方を自らが行う「社会実験」として、収入を含めて良し悪しを探っている最中。今後もこれまでの仕事やプライベートでの交流や人脈を生かして、人と一次産業を結ぶ中間組織としての仕組みづくりを目指されるとのこと。

「一次産業の担い手とそれに関心のある人を繋ぐ仕組みを作るなら、無責任なことは言えない。『暑くて汗だくになったり熱中症のリスクもあります』、『多少危険な作業もありますが、その分時給は高いです。』みたいに、実体験したことを伝えられると思いますね。」

この地域にも、子育てや介護でフルタイム勤務が難しい人も多いと思います。1つの会社で長年働くことに難しさを感じる人にとって、新しい働き方としてもっとこの地域に普及していくのではないでしょうか。

伴走者のように一緒に活動していきたい

一次産業の担い手には若い方も多く、ブランドの構築や商品開発などの話から刺激を受けているそうです。

「着実に事業を成長させている同世代も多いです。その方々が、少しずつ地域に雇用を生む過程を横で見ていると励まされます。将来的に私が個人事業主となるなら、それも大事な指標になりそうだなと。仲間との切磋琢磨があることで、今の暮らしは一層楽しくなっていますね。」

海も山も川もある、陸前高田にいないとできない働き方をしたいし、陸前高田でできたご縁をちゃんと生かしていきたいですね。自分のように自由が利く身であれば、無い物ねだりしたり愚痴を言う暇があったら行動しなきゃいけないなと自問自答しています。」

まずは仕事の種探しから
「岩手で培った経験を高知に持ち帰りたい」という想いが少し変わった

移住した当初、いずれ高知県に戻ることを前提としていました。「最低でも3年。陸前高田の活動で、復興や地域活性に貢献しながら働き方や暮らしのヒントを得よう。それを地元に持ち帰ろう。そう考えていました。」いずれ高知に戻る意思は変わらないけれど、活動拠点や関わり方に対する考えが変わってきたそうです。

「ある程度、陸前高田で過ごしたら、高知に仕事も生活も切り替えるイメージでした。でも、今考えているのは、陸前高田をベースとしつつ、高知に関わる時間を少しずつ増やして、人脈を作ったり、仕事の種探しから始めていきたい。いきなり大きく変えるのではなくて、まずは陸前高田と高知の2拠点での活動をしたいと考えています。

せっかくここの暮らしも面白くなってきていますし、自然を相手にした営みが人間のちっぽけさを気づかせてくれる感覚もあります。今までの活動の手応えを得るために、もう数年は関わっていきたいですね。」

今の状況で試せることをまずやってみる

最後に、移住や陸前高田で暮らしを考えている方に伝えたい思いはありますか?

「移住を考えたとき、仕事や生活の環境を一度で変える前に、今ある環境で試せることをやってみることが先決だと。移住したい場所があれば、何度か通って連泊してみるとか。気になる人物とその周りにある地域との関係性を紐解いてみるとか。移住先の地域でやりたいことがあれば、今いる地域で同じようなことをまずはやってみて、やりがいや大変なことを味わってみる。そうすると自分が関心を持っている暮らし方との相性や可能性を見つけることができると思います。

旅行気分で訪れるくらいでは、地域の本質は断片的にしか見えないし、ましてやお客さんとして接してくれるから、悪いところはそんなに見えないですよね。東北だったらあえて真冬に行ってみるとか(苦笑)」

移住から8年。
溝渕さんの暮らしや活動は地域の需要や人との出会いから少しずつ変わっています。
自分らしく働き暮らすため。働き方のひとつの仕組みを作るため。

自ら手を動かし作業し、仲間と切磋琢磨する。
そうして、地域に深く関わる高田暮らしを生み出しているようです。

住むところを変え、活動内容が変わったとしても、故郷に想いを馳せながら活動をされていくのでしょう。

Text:板林 恵

移住者プロフィール

溝渕 康三郎

高知県南国市出身。千葉県内の大学でデザインを学び、飲食業界に就職。店舗の設計・スケジュール監理を担当。震災を機に、NPO法人ETIC主催「右腕プログラム」に応募。2013年より(株)長谷川建設の木質バイオマス普及プロジェクトに参加。箱根山テラスのマネージャーを経て、現在は漁業、林業、農業の全てに携わり、新しい事業モデルを開拓している。

インタビュー場所について

陸前高田 発酵パーク CAMOCY(カモシー)

2020年12月、陸前高田市気仙町今泉地区にオープン。「発酵」をテーマにした商業施設で、発酵なしには作れない定食やデリ弁当、パン、チョコレート、クラフトビールを販売している。溝渕さんが生産に声をかけ、農作物の販売会などを随時開催している。

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